願わなければ叶わない。独立3カ月目のカツセマサヒコに聞く「自分色のキャリア」の重ね方

漫画から飛び出したような甘いセリフに、思わず赤面してしまいそうなシチュエーション。「タイムラインの王子様」こと、カツセマサヒコさんのTwitterは、胸をキュンとさせる妄想ツイートにあふれています。

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漫画から飛び出したような甘いセリフに、思わず赤面してしまいそうなシチュエーション。「タイムラインの王子様」こと、カツセマサヒコさんのTwitterは、胸をキュンとさせる妄想ツイートにあふれています。



ライター・編集者であるカツセさんは、この妄想ツイートで若い女性を中心に爆発的な人気を博し、現在Twitterのフォロワー数は87,000人以上にのぼります。

2017年4月、3年弱在籍した編集プロダクション・プレスラボから満を持して独立したカツセさん。独立から3カ月経った今、仕事の向き合い方やキャリアデザインついて伺いました。


やりがいを見いだせず大企業で過ごした5年間、野心を燃やす臆病者だったころ


プレスラボに入社しライター・編集者になる前、カツセさんは大手印刷会社の総務部に5年間勤務していました。もともと、企画やクリエイティブ系の仕事を希望していたため、企画から製造まで「ものづくり」を一社で完結できる印刷会社を選んだそうです。

しかし配属されたのは、企画とは縁遠い総務部。「5年間、ひたすらガマンの日々だった」、カツセさんはそう語ります。



「仕事のやりがいは、ほとんど感じていませんでした。総務部の仕事って『できて当たり前、できなかったら怒られる』っていう減点方式の世界でしたし。それでも5年間ガマンできた理由は3つあって、1つは、僕が臆病だったから。転職も考えていましたが、『なりふり構わず、今の会社を出てみよう』なんていう気持ちにはなれなかったんです。2つ目は大手企業の看板が、生きるうえでメリットにもなったから。3つ目は、人間関係に恵まれていたからです。

仕事を苦痛に感じることもありましたが、逆に仕事をするうえでいかに人間関係が大切かは、あの5年間で本当に身にしみました。どんなに仕事がしんどくても、いい仲間のおかげで乗り越えることができていた。そんな経験に何度も助けられたんです」(カツセマサヒコさん:以下同じ)

しかし入社から5年目、カツセさんはついに、梅田カズヒコさん率いる編集プロダクション・プレスラボへの転職を勝ち取ります。そのキッカケは、当時カツセさんがコツコツと綴っていたブログでした。

「悶々としていた5年間、『なにかを作りたい』という気持ちは消えるどころか日に日に増してゆくばかりで。誰か僕の書いたものを見てくれるかも、と思ってブログを書いていました。そうしたら、仕事のことを綴った『人の職業を笑うな』というブログ記事を梅田が読んで、『うちを受けてみれば?』ってメッセージをくれたんです。こんなことってあるんだって、正直震えましたね」

自分のことを臆病だと語るカツセさん。そんな彼が新しい世界に飛び込むチャンスをつかんだのは、単なるラッキーではなく「やってみたい」という気持ちを手放さなかったからでしょう。そして倍率およそ40倍の、5次審査にも及ぶ難関のプレスラボの就職試験を突破し、カツセさんは入社を決意します。

カツセさんいわく、印刷会社で過ごした時間は決して無駄ではなかったそう。

「5年間もまったくおもしろくない仕事をしていたからこそ、反動で次のプレスラボでの仕事に夢中になれたのだと思います。印刷会社での経験がなかったら、こんなに効きの強いバネはできなかったはず」


未来への一歩。肩書きをなくして「カツセマサヒコ」で生きたい


27歳のとき、ライター・編集者として一からキャリアを歩み出したカツセさんは、水を得た魚のように仕事にのめり込みます。「何をやってもおもしろかった。『僕が書きました』と言える記事が書けることが何よりもうれしかった」とカツセさん。そうして仕事をしていくうちに、執筆した記事を自ら拡散する力を習得する必要性を感じたと言います。



「カツセを採用したのは、何よりもポテンシャル」。梅田さんは、カツセさんがプレスラボに就職したのち、こんなふうに語ったそう。その言葉を体現するかのように、カツセさんはTwitterに活路を見いだし、先ほどの“妄想ツイート”を強みに多くの女性ファンを獲得。見る見るうちにフォロワー数を増やし、恋愛系コンテンツなど、インフルエンサーとしてカツセさんに仕事が舞い込んでくるように。

その後も独自の色を出した記事の発信を重ねては多くの共感を呼び、さらにフォロワーは増加。さまざまな業界の重鎮たちからも注目を浴び、カツセさんはネットの世界で存在感をますます大きくしていきました。気づけばフォロワーは9万人に迫り、あらゆるWebメディアで名前を見かけるほど引っ張りだこに。そして約3年の歳月を経て、プレスラボからの独立を決意します。カツセさんが独立を決めた真意とは……?

「独立の一番の理由は、仕事の枠を広げたかったこと。編集プロダクションに所属していると、どうしてもライター・編集業務がほとんどになりますが、フリーランスならもっと自由にキャリアデザインができると思ったんです。この先、ライター・編集業務が中心になるとしても、肩書きはなくしたいと思っています」

また、独立に至るキッカケになった出来事についても語ってくれました。

「2016年に、僕の担当業務でウエイトを大きく占めていた『Kekoon(ケコーン)』という媒体が終了して、手持ち無沙汰の状態になったんです。しばらく休んでいなかったので、手元の仕事を終わらせてから3週間のアメリカ一人旅に出かけました。で、帰ってきたら仕事はゼロ。そのあとに請けた新規の仕事が、すべて会社名義ではなくカツセマサヒコ名義で依頼された仕事だったんです。その状態が3カ月続いたので、『独立してもやっていけるかな』って思いました」


カツセさんからいただいた名刺。肩書きにとらわれない、「カツセマサヒコ」としてのスタート。


さらに周囲からのプッシュもあり、プレスラボを退職。20代で地道にキャリアを重ね、30歳になったカツセさんは、新しい一歩を踏み出しました。


独立から3カ月。仕事へのスタンスはどう変わった?


独立からちょうど3カ月が経過し、仕事の幅はグッと広がっているそう。これまでのWebメディアにおけるコラムや取材記事の執筆・編集に加え、雑誌・ドラマの脚本の執筆や作詞、イベント・ラジオ出演など、マルチに活躍。まさに肩書きが付けられない、「カツセマサヒコ」だけのオリジナルの生き方を体現しています。

そんなカツセさんに、率直な今の気持ちをお聞きしました。

「大きな変化はないのですが、以前にも増して体が資本だなと思いますね。長生きしなきゃなって(笑)。フリーランスは老後に5000万円の貯蓄が必要という記事を読んだのですが、その額をつくるには細く長く稼げないと難しい。そういう人生設計を真剣に考えるようになったと同時に、働くことと生きることが、よりイコールになりました」

プレスラボ時代も持ち込みの仕事を多数請けていたカツセさんですが、独立後、仕事を選ぶ基準にも変化があったと言います。

「ラジオ出演や作詞など新規性の高い仕事は、幅広くやれるっていうのを知ってもらいたいので優先的に受けています。あと僕が大事にしたいのは、義理と恩。少年ジャンプ系の人間なので(笑)。もっと大きな仕事につながるかもしれないし、親しくなった人からの仕事の依頼は、一度はお請けするようにしています。でも二度目以降は、本当にやりたい仕事だけ。『ワクワクするかどうか』という直感を大事にしようと思っています」



以前からブランディングを大事にされてきたカツセさん。影響力を持った今だからこそ、コンテンツの一つひとつにより気を配っているのだとか。

「メディアで取材を受ける際も慎重に判断しますね。たとえば『カツセマサヒコの着まわし7日間』とかは絶対に断ります(笑)。メディアの露出も多いためタレントみたいに勘違いされることもあるのですが……。タレント要素を高める生き方もあるかもしれませんが、40過ぎてもし髪が薄くなったりしたら、僕はそれじゃ戦えないかもしれないじゃないですか(笑)」


願いは不言実行より「有言実行」で叶えるといい


柔らかな雰囲気のビジュアルとは裏腹に、自分に何が求められているかを常に冷静に判断する。そんなカツセさんだからこそ、たくさんの人に愛されるコンテンツを生み出せるのでしょう。

「僕はWebのコンテンツでたくさんの人に喜んでほしいと願っているものの、それは『世界中をハッピーにしたい』みたいな大げさな願いではないんですよ。疲れている人の心がちょっと軽くなるような、読んでクスッと笑えたり、ホッとできたりするようなコンテンツを提供できたらと思っています」


日々の執筆活動には欠かせない、カツセマサヒコの仕事道具たち。


そして、これからは自分を「メディア」にしたいという意識が強いそうです。

「今、自分はTwitterの中の一つのコンテンツだと思っています。これからはさらに抜けだして、自分自身がメディアになって届けたいことを届けられる存在になりたいですね。Twitterがなくなっても消えない人間になりたいという思いがあります」

ある一つのSNSが廃れたら、それに頼っていた自分も一緒に忘れられてしまう。そんな儚い存在ではなく、どんな流れがきても柔軟に受け止め、変わらぬ存在感を持つ、そんな“メディア”としての生き方。カツセさんは今後、恋愛や妄想の枠を超えた、生き方について触れるような、今より一つ次元の高い発信もしていきたいと話してくれました。

最後にキャリコン読者に向けて、これまでの経験を踏まえた具体的なアドバイスを送ってくれました。

「僕の座右の銘は『願わないと叶わない』。プレスラボに転職する前、当時27歳だった僕は5年間モヤモヤした気持ちを抱えながらも、いつか「自分の手でおもしろいものを生み出したい」という願いだけは持ち続けていました。その願いを消さなかったからこそ行動に踏み出すことができたし、今の自分があるのだと思います。まずはなりたい自分や叶えたい夢を掲げて、ドンピシャじゃなくていいから、その憧れに近づくために何かしらの一歩を踏み出してみてほしいです」



さらに、カツセさんは「夢を叶えるなら、不言実行を目指すよりも有言実行のほうが絶対にいい」と力説。叶えたい願いを発信することは、いい意味で自分自身にプレッシャーがかかるし、もしかしたら協力者が現れるかもしれない――。

勇気がいることかもしれませんが、カツセさん自身もブログやTwitterなどで「願い」や「好き」を発信し続けたことで、結果的に夢の実現を早めることができたそうです。誰でも発信に価値を待たせることができる、現代ならではの夢の叶え方といえるかもしれません。

今からでも遅くない。ワンアクションの積み重ねが「なりたい自分」をつくる
大手企業でやりがいを見いだせずにいた自身の過去を振り返り、「5年って決して短くはないけれど、僕にとっては必要な期間だったんだと思います」と話してくれたカツセさん。異業種への転職後、どんな仕事を振られても「おもしろい」と思えたのは、悩んだあの日々があってこそ。

加えて、その5年間で培ったコミュニケーションスキルは、その後のライター・編集者としての活躍を加速させる強力な武器になりました。

今後2年間はフリーランスで修行を積み、将来的には自分にないスキルを持った人たちと仲間になって、新しいことを始めたいという展望があるそう。「アニメのワンピースみたいに!」。少年のようなやんちゃな笑顔で、そんな野望を語るカツセさんを見て、「タイムラインの王子様」とはまた違う魅力を発見したような気がしました。

大手企業への就職=人生の成功という価値観が当たり前ではなくなった今、キャリアの重ね方に「絶対」の正解はありません。それぞれの人に最適なタイミングが必ずあって、誰かと比べて「もう遅すぎる」と決めてしまうのは、あまりにもったいないこと。たった一言でも願いを発信する。憧れの世界に触れてみる。そのワンアクションの積み重ねが「なりたい自分」への近道になるのではないでしょうか。

(取材・文:小林香織)

識者プロフィール
カツセマサヒコ
書くやつ、やってます。 ←広告記事・取材記事・エッセイ・物語・歌詞・脚本・メディア運営その他、企画・取材・執筆・編集など承ります。ラジオに出たり登壇したりすると嬉々として実家に連絡をいれます。
公式Twitter:

※この記事は2017/07/07にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
《編集部》

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