モヒカンのバンドマン、駆け出し芸人……20代の彼らが銭湯の番頭として働く理由

突然ですが、皆さんは銭湯に行く機会がありますか? 銭湯と聞くと、そう滅多に行くところではないと思っている人や、昔懐かしの日本文化だと思っている人も多いのではないでしょうか。

モヒカンのバンドマン、駆け出し芸人……20代の彼らが銭湯の番頭として働く理由

突然ですが、皆さんは銭湯に行く機会がありますか? 銭湯と聞くと、そう滅多に行くところではないと思っている人や、昔懐かしの日本文化だと思っている人も多いのではないでしょうか。

そんな銭湯文化を今に伝えようと、「銭湯」をキーワードにした情報をキュレーションするWebメディア「東京銭湯」が経営する「喜楽湯」で番頭を務めるのは、なんと20代の若者たち。彼らはなぜ銭湯に魅了され、番頭という仕事をするようになったのでしょうか。番頭として働く傍ら、お笑い芸人としても活動するケンユウ(湊研雄)さんと、バンドマンのユースケ(中橋悠祐)さんに話を聞いてきました。現場で働く同世代の思いとは?

自分の好きなことでご飯を食べたい。ただそれだけ



-そもそもお2人はなぜ銭湯の番頭として働くことになったのですか?

湊研雄さん(以下、ケンユウ):兄が京都で銭湯を経営してましたし、上京して風呂なしアパートに住んでいたこともあって、銭湯文化にはなじみが深かったんです。18歳のときに上京して、お笑い芸人の養成所「NSC」に入ったんですけど、そのころから銭湯巡りをするようになりました。

そのなかでも、上野にある銭湯「寿湯」に感動して、そのまま面接してもらって、ずっと働いていました。それから東京銭湯の代表である日野さんに「喜楽湯」のお話をいただいたので、お笑い芸人として活動する傍ら番頭として働くようになりました。

中橋悠祐さん(以下、ユースケ):この場所で働くことが決まったのは、東京銭湯の代表である日野さんと飲み屋で知り合ったことがきっかけですね。

僕は京都の大学に通っていたんですけど、就職活動をする気になれなくて、この先どうするか、自分の好きなものは何かを銭湯で考えていたんです。そのときに、音楽と銭湯が好きだし、銭湯で働きながら音楽に関わっていけばいいんじゃないかと思ったんですよ。

結構有名な大学だったので、周りにビックリはされましたけど、「なんか面白そうやな」って言ってもらえたんで、それでいいかなって思っていますね。


-周りが就職活動するなかで、不安はなかったのでしょうか?

ユースケ:それはあんまりなかったですね。まだ20代なので、自分でいくらでも好きなことができるなって思っていたので。

ケンユウ:僕の場合は、もともと周りにそういう堅い仕事をする真面目なやつがあまりいなかったからなぁ(笑)。ただ銭湯が好きだったので、それを仕事にできたらいいなって思っていたくらいです。芸人になったのも、好きだったからそれをやっているというだけですね。

-一方で周囲の目を気にしたり、収入面のリスクを考えて自分のやりたいことができない同世代もいると思います。

ケンユウ:正直よく分からないですね。好きなことがあるのにそれを押し殺して生きたら後悔してしまうので。しかも20代のうちなんてどうとでもなるじゃないですか。

銭湯を通じて地域コミュニティーに貢献したい


-先日は銭湯でお酒を飲むような変わったイベントを行ったようですが、反響はどうでしたか?

ケンユウ:ありがたいことに、地域の方々にたくさん集まっていただいて、無事成功しました。あるおじいさんは、「昔はこのエリアは活気があったけど、今はそれもなくなってきているのが寂しかった。だから若者がこうして盛り上げるような動きをしてくれるのがありがたい」って話をしてくださって。それがうれしかったですね。

ユースケ:銭湯には、老若男女問わず、地域のコミュニティースペース的な役割があると思うんです。けれど、最近はそういった機能が昔と比べて弱くなってきているというのが、純粋に銭湯ファンとして寂しいなって感じていて、少しでも盛り上げていきたいと思っていたので、そういう言葉は響きますね。

これからもスペース(喜楽湯)とメディア(東京銭湯)の両軸を生かしながら、地域コミュニティーに貢献できるような企画を打ち出していきたいなって思います。

-それでは個人としての目標はなんですか?

ケンユウ:銭湯芸人で「アメトーーク」に出たいですね。お笑い芸人で僕ほど銭湯に人生を投じている人はいないと思うので。

ユースケ:人に面白いって言ってもらえるようなことをやり続けたいと思っています。あと、今バンド活動もやっているのですが、死ぬまで音楽には携わり続けたいなって思っています。


-もしキャリアに悩んでいる同年代の読者は、次の一歩を踏み出すためにどうすればいいと思いますか?

ユースケ:あんまり気にしないで、自分が本当にやりたいことやればいいんだと思います。

ケンユウ:自分の武器をつくるのがいいと思います。僕は誰よりも銭湯を愛しながら、銭湯という現場で働いているという自負があります。そういう強みを持てたら圧倒的な自信になりますよね。僕もまだ駆け出しで、何者でもないので、偉そうなことは言えないですが、自分がやるべきこと日々やっていきたいと思っています。

まとめ


「銭湯文化を継承したい。そして自分自身も夢をかなえたい」こうした自分の好きを仕事にした現場で、熱く働く同世代の言葉。スーツを着て働く仕事であろうがなかろうが、響くものがあったのではないでしょうか?

識者プロフィール
【番頭ユースケ】中橋悠祐(29) 東京の銭湯の何かしらで働きたいがために京都から上京してきた。阿佐ヶ谷の銭湯をこよなく愛し、「東京銭湯 ? TOKYO SENTO ?」の初期メンバー。バンド活動もする彼のトレードマークは「髪型がモヒカン」。

【番頭ケンユウ】湊研雄(23) 駆け出しの芸人であり、都内をはじめ県外の銭湯(約200軒)まで足を運ぶほどの銭湯好き。京都の「サウナの梅湯」を経営する湊三次郎の弟で、自身も上野の「寿湯」など、いろいろな銭湯仕事に従事してきたという経歴を持つ。まさに銭湯芸人。


※この記事は2016/05/25にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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