ひとり鉄腕DASH!?離島で働く理想と現実の中で好きな仕事を生み出す“うえすぎあらた”の挑戦

唐突ですが、「ザ!鉄腕!DASH!!」(日本テレビ系列)というテレビ番組はご存知でしょうか。

ひとり鉄腕DASH!?離島で働く理想と現実の中で好きな仕事を生み出す“うえすぎあらた”の挑戦

唐突ですが、「ザ!鉄腕!DASH!!」(日本テレビ系列)というテレビ番組はご存知でしょうか。

そう、人気グループのTOKIOが出演し、「DASH島」や「0円食堂」など、体当たりの企画で子どもから大人までを魅了している長寿番組です。

彼を形容するならば、ひとり“鉄腕DASH”


今回お話を伺った香川県・女木島(めぎじま)在住のうえすぎあらたさん(28歳)は、言ってみれば「ひとり“鉄腕DASH”」を地で行く若者。

東京で働いていた彼は、縁もゆかりもない瀬戸内海に浮かぶ周囲8.9kmの女木島に単身渡り、3年目を迎える今年、新しいビジネスを興そうとしています。

【PROFILE】
うえすぎ あらた さん (28歳)/埼玉県出身 大学院卒業後、Web制作会社に就職。その後、瀬戸内海に浮かぶ女木島に移住し、香川県にある経済産業省のブロック機関「四国経済産業局」のWeb担当として活躍。今年(’16年)、新たなビジネスをスタートするために奮闘している。

東京の友人たちと、あえて違う環境に身を置こうと思った


さて。まずは、うえすぎさんの人となりをご紹介します。大学院を卒業した後、2013年に渋谷にあるWeb制作会社「ロフトワーク」にインターンとして入社。おもにWebの企画を担当し、充実した毎日を送っていたそうです。

しかし、ターニングポイントは突然やってきました。上司から、香川県にある経済産業省のブロック機関「四国経済産業局」のWeb担当への転職話を持ち掛けられたのです!

※三日三晩悩んだと、当時を振り返りながら語るうえすぎさん。



「興味ある?って提案されて、三日三晩悩みました。東京、面白いじゃないですか。飲むところもいっぱいあるし、仲間たちとクラブに行って騒ぐのも楽しい…、でも」そう言って、口ごもるうえすぎさん。

「東京は、僕じゃなくても、僕の優秀な友人・知人たちがエキサイティングな場所にしてくれる。僕は彼らとは違った経験をすることで、ずっと刺激しあえる存在になりたいと思ったんです。彼らと一生付き合っていきたいから。それで、上司からの提案を受け入れ、香川への移住を決意しました。」

※移住を決断した、うえすぎさん。



さらに、移住を決断できたのは、当時付き合っていた彼女が、背中を押してくれた影響も大きかったと語ります。「結婚を意識して付き合っていた彼女に、移住して仕事することを相談したんです。最初は、反対されるかなって思っていました。」

ところが、「『ぜひ移住してみるべきだよって応援してくれて。私もしばらくしたら、一緒に暮らせるように移住したい。』なんて言ってくれたんです。そんな風に、彼女が応援してくれたことは嬉しかったですね。」

「まあ、彼女とはそのあと何だかんだで、別れることになったんですが…。まわりの人たちの応援で、大きな決断ができたことに変わりはないですね。」

※うえすぎさん曰く自然への憧憬も、「女木島」に移住を決めたポイントだったそうです。


同世代は、わずか2人。出勤の交通手段は、船


2014年4月。
まずは、勤務地である香川県高松市内に拠点を置いた。「せっかく東京を離れて瀬戸内海で暮らすのであれば、島に住みたいなと思って。いくつか島を回り、一番自分の肌感覚とあった女木島に移住を決めました。」

「当たり前なんですけど、最初はかなり寂しかったですね(笑)。気軽に飲みに行けないですし。島の住人約100名の中で、当時いた同世代はわずか2人。彼らとお友達になってからは、一升瓶片手に酒宴を開く機会が多かったです。」

※少しずつ、地元の人たちとも仲良くなって…



そして、勤務先である高松市内への移動手段は、船。朝、7:20始発に乗船しなければ絶対に遅刻する。朝が弱かったうえすぎさんは、何度か遅刻をやってしまいます。

「だから、必要に迫られて、どんどん早起きになりました(笑)。最近は、6時頃には目が覚めます。早起きしないと気持ち悪いぐらい。人は環境で確実に変わりますね。」

※朝、フェリーを待っている間に海を見ながら色々なことを考えているそうです。


島民と親睦を深める。そして、女木島版「0円食堂」へ


冒頭の「ひとり“鉄腕DASH”」の話です。女木島での生活に溶け込むべく、住民の方とコミュニケーションを図るために、島内のバレーボールチームの練習に参加。平均年齢はおよそ60歳というバレーボールチームに、突然東京から来た若者が加わったのです。週2回の練習を通して、一気に島民たちと距離が縮まりました。

そうすると、次第に「あらちゃん!」と気軽に名前で呼ばれ、食材をいただくことも。まるで、鉄腕DASHの「0円食堂」のように。ちなみに、うえすぎさんが女木島で最も好きな食材は、魚。「サワラがめちゃくちゃ美味しいです。」

※島の友人たちと集まってBBQを楽しむことも!


女木島の「獣害」をヒントに、新しいビジネスを生み出す。


突然ですが、女木島を含む高松市は獣害が深刻。イノシシやアライグマ、ハクビシンが現れ、農作物を痛めつけていく。全国的に深刻な農業被害をだしている。バレーボールの練習の際、島民の方々が「またやられちゃったよ」と嘆く姿をたびたび見かけていました。

ちょうどそのタイミングで、「四国経済産業局」との契約期間である2年が経過。契約を更新することもできましたが、うえすぎさんはそれを選びませんでした。新しいビジネスに目が向いていたのです。

それが、獣害の動物たちを使った革製品開発と販売。実際、猟師が仕留めたイノシシのほとんどは、その場で自然に還します。そんな獣害の動物を応用した新しいビジネスモデルです。

※害獣の革を使った製品のコラボレーション企画も検討中。写真のバッグは、うえすぎさんのお手製です。



「東京のころの人のつながりを活用して、革製品のコラボレーション企画でやっていけたらと。あとは、野生産だからこその ビジネスモデルの開発も意欲的にやっていきたいと思っています。いままでのような、たくさん売らなければ、利益がでないビジネスモデルではなく、少量で長くつきあっていくことで、利益を拡大できるようなビジネスモデルを生み出していきたい。」

「あとは、肉ですね。肉はその土地のレストランなどにジビエメニューをつくって、地産地消できる仕組みをつくっていけたらいいなと思っています。ジビエの美味しさや食べ方はまだまだ開発の余地があるので、それを地元のレストランと、料理研究家のようなひとと共に開発。そのメニューが観光資源になればと思っています。」

「それに自然とテクノロジーっていうテーマが気になっています。例えば、フィンテックのアイデアを応用した自然マネーみたいなのがあって、それが自然と人の循環を支えていくような仕組みができたら面白いですね、まだ先の話ですが。」

3年前には、東京で仕事をし、夜な夜な飲み、遊んでいたうえすぎさんは、「DASH島」のように、この女木島を自らの力で開拓し、新規ビジネスのヒントを得るまでになっていたのです。

東京に戻るつもりはありません。自分で選んだ道は、ブラさない

 

※これまでの自分の選択に、後悔はないと語るうえすぎさん。


2016年4月。 「四国経済産業局」との契約を満了し、新しいビジネスに本格的に着手し始めたうえすぎさん。ただ、その道は決して平坦ではありません。

「まず、お手本がまるでない。だから、友人や知人からアドバイスをもらっても、それが正しいことかも判断がつかない。そして、モデルケースがないので、進んでいる道の先に何があるか分からない、そんな怖さがあります。だからこそ、最後に信じられるのは自分だけ。一度、歩み始めた道なので、ブラさずにこの道を突き進んでいきます。」

「あとこういう立場になってからやっと分かったんですけど、新しい事をやるって結構孤独なんですけど、孤独だからこそ助け合えるんだなぁ、としみじみ思います。結構その助け合いの精神が皆にあって、いまはすごい助けられて、ものすごい感謝する機会が多くて、人のありがたさもわかって、それだけでやってよかったなーと思うし、ちゃんと応えていきたいんです。」

現在は、東京と女木島を行き来しながら、ビジネスモデルの開発に力を注いでいます。最終的に、「東京に戻ってくる選択肢は考えていません」と、うえすぎさんは話します。

「女木島を中心としたこの地に、骨を埋める覚悟でやっています。ここで生活し、家庭を作り、おじいちゃんになって孫と日本酒を酌み交わす。これが最終的な、僕の夢ですね。」

「鉄腕DASH」でいうところの、リーダー(城島茂さん)のような挑戦心や開拓心もあれば、山口達也さんのような器用さもある。さらに、松岡昌宏さんのような冷静さや、国分太一さん・長瀬智也さんのような人懐っこさもある。そんなうえすぎさんに、20代のビジネスパーソンに向けたメッセージを語ってもらいました。

「自分に対しても、他人に対しても、100点を求めない方が楽しい。だって、正解はないのだから。立派にならなくていいと思います。50点なら50点の楽しみ方がある。他人にも過去にも依存しない価値観を持ってほしいですね。」

※「女木島」で、うえすぎさんの新たな挑戦が続きます。



(取材・執筆:眞田幸剛)


※この記事は2016/11/04にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています

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