エリートアナリストからショコラティエに転身。カカオに導かれて選んだ道

濃厚で、アロマのごとく香ばしいカカオの匂い。見た目も美しいチョコレートに、心をくすぐられてしまいそう。

スタディ 雑学
エリートアナリストからショコラティエに転身。カカオに導かれて選んだ道
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濃厚で、アロマのごとく香ばしいカカオの匂い。見た目も美しいチョコレートに、心をくすぐられてしまいそう。

京都市にあるDari K(ダリケー)では、主にインドネシアのスラウェシ島からカカオ豆を輸入し、自家焙煎チョコレートを製造・販売しています。Dari-Kの「K」は、インドネシアのスラウェシ島の形を表し、そして京都(Kyoto)の頭文字に由来するもの。Dariはインドネシア語で「~から」を意味するそうです。スラウェシ島から、そして京都から―それはDari Kを体現する言葉のよう。

同社を2011年に設立した吉野慶一さんは、慶應義塾大学から京都大学大学院へ進学し、さらにオックスフォード大学の大学院を卒業した後、大手証券会社で金融アナリストとして活躍されていました。エリートアナリストとしてキャリアを積んできた吉野さんが、新たに歩みを決めた人生はなぜ“チョコレートづくり”だったのでしょうか?

カカオの匂いがふんわりと立ち込めるなか、キャリアチェンジへのきっかけ、そこで生きたご自身のスキルについてお話を伺いました。


1枚の地図がショコラティエの道に誘った


―他で売られているチョコレートとの違いや、「Dari K」で販売されているチョコレートの特徴を教えてください。

通常、洋菓子屋さんなどが製菓の原材料に使っているものの多くは「クーベルチュール」と呼ばれる既製品のチョコレート。このクーベルチュール・チョコレートを溶かした後、成形したりケーキの素材にしたりしているんですね。しかし原材料が既製品ということは、すでにそこに油脂や砂糖などが含まれているということ。私たちがその調合を変えることはできません。

一方、Dari Kでは、インドネシア・スラウェシ島の農園からチョコレートの原料となるカカオ豆を仕入れ、カカオ豆からチョコレートをつくっています。カカオ豆から仕入れられれば、もちろんすべてをゼロから調合可能。だからこそ「油脂を入れない」というこだわりも表現できますし、Dari Kのチョコレートは、チョコを食べた後に残る独特なべたつきがなく、食べた後もカカオの香りだけが残る――そんな特徴を持っています。

―吉野さんのご経歴を拝見すると、もともとは外資系投資会社に勤める金融アナリストとしてご活躍されていましたよね? なぜ、そこから180度も違うショコラティエの道を選ばれたのでしょうか?

旅行で訪れた韓国のカフェで、たまたま1枚の地図を見たのがきっかけです。

その地図は、世界のカカオ豆産地がまとめられたものでした。カカオ豆産地と聞くと、ガーナが思い浮かびませんか? しかし実際は違います。こちらのデータをご覧ください。

Dari Kのホームページより(http://www.dari-k.com/story/


実際に日本の国別カカオ豆輸入量を見れば、その8割をガーナが占めています。以下、エクアドル、ベネズエラ、コートジボワールなどが続き、インドネシアの輸入量はごくわずか。一方で、世界のカカオ豆生産量を見ると、1位はコートジボワール、そして2位がインドネシアです。さらにインドネシアのなかでもその7割以上は、スラウェシ島で生産されています。

ご存じの通り、ガーナは西アフリカの一国、インドネシアは日本と同じアジアの一国です。単純に「輸送費なども抑えられるのに、なぜ日本はインドネシアから輸入しないのだろう?」と疑問に思いませんか? カフェで地図を見たときに私はそうでした。

そのときは金融の世界におりましたから、何かおかしいと思うことがあれば「そこには必ず理由がある!」と、常にその理由について考える癖がついていました。

そしてアナリストとしての仕事にどこか満たされない気分を感じていたときだったこともあり、たまたま見た1枚の地図をきっかけに、なぜ日本はインドネシアのカカオ豆を輸入しないのか、その理由を本格的に突き詰めて調べてみたいと思ったのです。

―帰国後しばらくして前職を退職されています。その後はどんなことから着手されたのでしょうか?

まずはコンビニエンスストアやスーパーなどで板チョコを買い込みました。パッケージの裏面に「何かご不明な点があれば、お電話ください」と書いてあるじゃないですか。あれを見ながらお菓子メーカーさんに電話をかけ、1軒1軒「なぜ御社はガーナ産のカカオを使用するのか」「なぜインドネシア産ではないのか」などと問い合わせしまくったんです。まあ当然ながら、クレーマー扱いですよね(笑)。

とはいえ、それがきっかけとなり私のアナリスト魂に火がつき、その後、現地に行ってみることにしました。そうしてスラウェシ島の農家さんの家に3週間くらい泊まり込み、収穫後の過程などを聞いていくごとに、インドネシアのカカオが輸入されない理由が分かっていったのです。




カカオ豆農家との信頼関係を築いたものは……


―インドネシアのカカオ豆が日本に輸入されない理由とは?

ずばり「発酵」です。通常、カカオの実を収穫したら、発酵を経て乾燥させることで高品質なカカオ豆になります。発酵によって、チョコレートとして召し上がっていただくときに、とても豊潤な香りが引き立つんですね。しかしその農家の方は「発酵をさせていない」と。効率的に売りさばきたい農家にとって1週間ほどを要する発酵作業は手間がかかり、かつ、現地では発酵の有無にかかわらず取引価格が変わらないため、この作業を省いているんです。

発酵のことを勉強し、彼らにその重要性を説きました。すると彼らは「ならば、君がそれを買ってくれるのか?」と――。

どうやら私のことを日本から来たバイヤーだと思っていたようです。私はその後も渡航を繰り返し、海外の論文などを元に発酵の方法を独学で習得しながら、技術的な指導を行うこととなります。そうして、発酵されたインドネシア産のカカオ豆が出来上がり、私はそのカカオ豆600kgを買い取りました。

―600kgのカカオ豆……。想像するに、かなりの量ですね……。

しばらく自宅の3分の2はカカオ豆で埋め尽くされた状態でした(笑)。帰国後そのカカオ豆を持参して日本国内のお菓子メーカーに営業回りをしたのですが、当然ながらよい回答を得られることはできず……。

そうして買い手も見つからないまま、私は半ば「仕方ない」という気持ちでチョコレート屋を開業することを決めました。その後パティシエを雇い、チョコレートづくりの技術も習得し……着々とやるべきことを続け、今のDari Kに至ります。

―2011年3月にDari Kを設立。その後は、京都市内に本店を構え、祇園あきしの店、ホテルグランヴィア京都店、大津サービスエリア店もオープンしています。今はネットショップからも注文可能だとか。6年を経て今も堅調のようですが、開業当初、お客さんの反応はいかがでしたか?

散々でしたね。2011年4月に最初のお店をオープンして数カ月後、1日の売上は2,000~3,000円のときもあるほど低迷していました。人も雇っているし家賃も払わなければならないしで大赤字。でも常連のお客様3~4名が有名なレストランのシェフや料理長の方々で、ある日「こんなにおいしいチョコレートは世界中探してもなかなかないね」とお褒めいただいたんです。

それが原動力になりました。また、その関係性から、高級ホテルなどでうちのチョコレートを使っていただけるようにもなり、そこからクチコミでDari Kの名前も徐々に広がっていきました。

―これまでのお話を聞いていて不思議なのは、スラウェシ島の農家さんのことです。吉野さんが彼らから信頼を得られたのは、なぜだったのでしょう?

今思えば、実際にチョコレートを食べてもらったことが大きいと思います。というのも、彼らは自分たちでチョコレートを食べたことがなかったんですよ。食べたことがない農家さんに対して、いくら「発酵したら豊潤な香りが……」なんて説いても、ピンとこないじゃないですか。ならば、と現地で彼らと一緒にチョコレートづくりをし、発酵している豆・していない豆のチョコレートを食べ比べてもらいました。

どちらがおいしいか聞いてみれば、もちろん答えは「発酵させている豆」。そうして味を知ってもらい、工程のことを知ってもらい――世界的にも認められる品質を確保していくことで、農家の方々にとってより優位なトレードになると理解してもらいました。




今の仕事はアナリストの仕事とも似ている!?


―実際問題として、異業種に移られることに、とまどいや不安はありませんでしたか?

金融の世界からお菓子屋さんへ――なんて、まったくの異業種への転身だとよく言われます。たしかにその通りですが、私はこうも思うんです。

多くの場合、チョコレートづくりというと、味や見た目、技術を高めることばかりが注目され、素材そのものを極めるアプローチはとられていなかったのでは、と。私は、おいしいチョコレートとは「素材×技術」だと思っており、“技術”が世界的なパティシエの方々に及ばない分、カカオという“素材”からおいしいチョコレートづくりに挑みたいんです。それはつまり、素材そのものを分析して、ポテンシャルを引き出すということであり、まさにアナリストの仕事と共通することなのです。

―今の仕事は、昔の仕事と似ている部分がある、と。

はい。違う業界に行くからといって、前職の経験が生きないわけではありません。

こんな話もあります。私は自社のチョコレートを多くの場所で卸売してもらうために、通常であればうちのような名もない製菓店が売り込みに行くにははばかれるような大手百貨店にも挑んできました。もちろん無謀なことだし、実際に交渉はとても難しい。

しかし、そこで簡単に引き下がるのではなく、交渉しているときに何がだめなのかを教えてもらいます。例えば、価格が高すぎるというのであればもっと低価格に設定すれば並べてもらえるのか? あるいは、客層に合わないというなら、系列で客層に合うところを紹介してもらえないか聞いてみる。

今はまだその価値はなくても、何かが変われば受け入れられる。それが投資の世界です。そうしたアナリスト視点の考えが頭に染みついていたので、転んだとしても私はタダでは起きないんです。

―今後の目標はありますか?

会社設立から6年ほどで、インドネシア産のカカオ豆の市場価値をかなり高めることができたと自負しています。実はインドネシアのほかにも知られていない生産地はまだまだあって、これからはこの経験を横展開に生かしていきたいんです。

実際、すでにフィリピンのカカオ豆産地でも技術指導が始まっています。フィリピン産の日本への輸入実績はいまだにほぼゼロにちかい――今後、フィリピン産のカカオ豆を使ったチョコレートを食べられるようになるかもしれませんよ。

この先も、吉野さんはアナリストとして培ってきたスキルや視点を存分に発揮し、成長されていくことでしょう。数年後は世界中のおいしい豆を使ったチョコレートが、華やかな香りをまとってDari Kに並ぶ――。今から待ち遠しいですね。


そのスキルはどこにでも生かせる


ふとしたことがきっかけとなり、異業種への転職を考えたことはありませんか?

気になるけどその業界には明るくないし、知識もスキルも備えていない――。そう考えると早々に諦めがちですが、少し視点を変え、今まで積み重ねてきた「スキル」を強みとして発揮してみるのもよいかもしれません。毎日着実に仕事をこなしていけば、あなたなりの自信やスキルが身につくはず。どんな土俵に立ったとしても、きっとその経験や知識、スキルが生きてくることでしょう。



(取材・文:安田博勇)

識者プロフィール


吉野慶一(よしの・けいいち)
慶應義塾大学経済学部、京都大学大学院を経て、オックスフォード大学の大学院で社会政策学を専攻。その後は、外資系投資銀行、投資ファンドで金融アナリストとして活動。2011年Dari K株式会社を設立。
Dari Kホームページ:http://www.dari-k.com

※この記事は2017/06/16にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
《編集部》

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