『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』作者・渋谷直角が語る「自分らしさの育て方」

ライターやマンガ家として、雑誌やウェブで数多くの作品を発表している渋谷直角さん。

『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』作者・渋谷直角が語る「自分らしさの育て方」

ライターやマンガ家として、雑誌やウェブで数多くの作品を発表している渋谷直角さん。

2015年に出版したマンガ『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』は、監督・大根仁さん、主演・妻夫木聡さん、ヒロイン・水原希子さんという豪華な顔ぶれが集まり、今年の9月に映画の公開を控えています。

渋谷さんの作品の特徴は、思わず声を出して笑いたくなるようなコミカルな展開の中にも、人間の本質がしっかり描かれているところ。若者の心を捉え、リアルに描写された作品を生み出す渋谷さんは、一体どのようなキャリアを重ねながら“自分独自のスタイル”を築きあげてきたのでしょうか?

出版社アルバイトから、とあるきっかけで雑誌ライターの道へ


ライターとして何冊もの連載を抱える傍ら、マンガ家としても活躍している渋谷直角さん。そもそも、どのような道のりを歩んで現在の立ち位置を確立してきたのでしょうか。
渋谷さんが出版業界に飛び込んだのは21歳のころで、美術系の専門学校に通いながらアルバイトとして編集部で働き始めたといいますが…。

「実は、もともとライターやマンガ家を目指していたわけではないんです。

興味があったので学生時代のアルバイト先に出版社を選んだものの、文章を書くことはなく、仕事といえばお茶くみやコピー取り、電話番に荷物のお届け程度。ただ、その編集部のアルバイト席には、バイトが好きなことを書けるノートが置いてあったんです。絵でも文章でも、常に何かを書くことが好きだった僕は、そこに落書きや思いついたことをいつも適当に書き残していました。

実はそのノートを編集者の方が目を通していたらしくて。僕の文章を読んで、『relaxという雑誌で素人が書くコーナーがあるから書いてみない?』って声をかけてくれたんです」(渋谷さん、以下同じ)

『relax』は独創的な切り口をもつカルチャー雑誌。ノートへの落書きという、思わぬきっかけからライターデビューを飾ることになります。美術系の専門学校で勉強はしていたものの、書くこともライターとしても経験がなかった渋谷さんは、まず、どのようなことを意識して文章を書き始めたのでしょうか。

「面白いことや、人が笑ってくれるようなものを書きたいという気持ちが強烈に強かったので、たった2行の文章であっても、変な例えを用いたりしてウケを狙うことを優先に書いていました。書いた経験はないけど、とにかく笑ってもらいたい。そういうサービス精神は唯一大事にしていたこと」

誰にでも分かる言葉を選び、誰かに話かけるようなソフトな文章が渋谷さんの魅力だと思います。この文章のスタイルはいつ生まれたのですか?

「当時はとにかく、『目立ちたい!』という気持ちが強かったんです。ライターとしてホヤホヤのころは、ファッションがメインのカタログ雑誌なのに、商品の情報よりも読者に面白いと思ってもらえるような言葉遊びを重視していました。本当はもっと書くべきことがあるのに、それを書かないから怒られることも多かったんですけど(笑)。そこで経験を積むうちにバランスも取れるようになってきて、今の自分らしいスタイルを見いだせたんです」

「ちゃんと」って何? ぶつかって見いだした自分の個性と価値


渋谷さんはライター業だけにとどまらず、マンガ家としてこれまでに5冊の作品を発表しています。先ほどマンガ家も目指していたわけではなかった…とおっしゃっていますが、なぜマンガを描くことになったのでしょうか?

「アルバイトを始めた当初、のちにrelaxの編集長となる岡本仁さんに、友達と作っていたフリーペーパーを渡していたんです。その中には絵やマンガも載せていて。でも、そこからマンガ家になるなんてその当時は想像もしていませんでしたね。画力的にもムリだろうな、って思っていましたし。とにかく笑えて、くだらなくて、バカバカしくて…そういうものが作りたい、それだけしか考えてなかったんですよ。

ただ、これがきっかけで『渋谷はイラストも描ける』という印象を持ってもらえていたようで、岡本さんが編集長になったときに『relaxの広告を出すときはマンガの広告にしたいから、直角描いてよ』と声をかけられ、描くようになりました。

それも、マンガ家デビューだ!なんて意気込みじゃなくて、オマケのイラストのようなものでしたから、そんなに気負うこともなくて。わりとゆるい感じで描いていたかも(笑)」

想像もしていなかった、雑誌でマンガを描くということ。ただ誰かを楽しませたい。純粋にそう思って行動していたことが小さなきっかけとなって発火し、渋谷さんは走り出します。マンガは評判を呼んであっという間に連載化、2003年には連載を1冊にまとめた『RELAX BOY』を発表しました。トントン拍子に進んでいきましたが、当時の心境は?

「特段画力があるわけじゃないし、いわゆる『ちゃんとしたマンガ』ではないわけです。それでも、創作することの喜びはすごく感じていて、楽しいな、もっと描きたいな、という気持ちがすごく強くなりましたね。

まわりの人たちはたいてい、『こんなんじゃダメだよ』『もっと絵柄とか変えないと』と言う。一般的なモノと比較して『ちゃんとしてない』からそう思われてしまうし、そういう判断をくだされるんです。

モヤモヤしていたそんなときに、マンガ家の天久聖一さんとグラフィックデザイナーの田名網敬一さんが褒めてくれた。天久さんは『もっと描きなよ』、田名網さんは『この画だから良いんだよ、変えなくていいんだ』っておっしゃってくれて、それはすごく勇気になりました。尊敬する、大好きな人たちだったから。

他の人のモノと比べてもしょうがないし、もともとが『ちゃんとした』ライターでもないんだから、マンガだって同じでいいんじゃないかな、って思えるようになったんです」

そしてマンガ家・渋谷直角の名前を一躍世間に知らしめた作品が、2013年に発行された『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』。この作品の中には、歌手として出世したいがために愛する彼氏を捨ててまで夢を追うボサノヴァ歌手、ダウンタウン以外の芸人を認めない男、アルバイトもろくにせず自分には特別な才能があると信じる自称詩人のニートなど、個性的な登場人物がリアルに描かれ反響を呼びます。この1冊が大根仁さん、久保ミツロウさんに大絶賛されたこともあり、一気に読者を増やしていきました。

「とみさわ昭仁さんという大先輩のライターさんが、古本ゲリラという古本を売るイベントをやるから出ない?って声をかけてくれたんですね。古本だけっていうのも目立たないかなと思って、鉛筆描きのマンガをコピーしてホチキスで留めたものを作って売ったんです。それこそ、『ちゃんとしていない』ものですね(笑)。ですが逆にインパクトが強かったみたいで、清書してマンガ本にしましょう!という話になってしまった。マンガとして発売したらしたで、いろんな評判が巻き起こりました。

ここで、『自分の表現するモノには、何か独自の色があるのかもしれない』という気持ちが生まれたんです」

自分にしか描けない作品作りへのこだわり

 

映画『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』の中での1コマ。
(C)民生ボーイと狂わせガール



さらに渋谷さんの人気を決定付けた作品が2015年に発表された『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』。書店だけに留まらず、ヴィレッジヴァンガードをはじめとした大型雑貨店やレコードショップなど、各所で平積みになって販売されるほど人気を集め、なんと映画化に至ります。この作品に対するこだわりについて、渋谷さんは以下のように話しています。

「マンガは、自分がちゃんと好きなものの中からテーマを探していくようにしています。『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』についても、僕自身は音楽が好きですし、奥田民生さんも好きというところから始まりました。

民生さんをテーマにした作品は今まであまり読んだことがなかったし、自分でも読んでみたい。じゃあ自分で描いちゃおう、と。作品作りへの一番のこだわりはすでに誰かが使ったり、はやったりしているテーマはなるべくやらないこと、僕自身が今読みたいと思うマンガを描くこと。仕事としてはリスキーですけど、僕のポジションとしてはそれが許される部分もあるし、そうじゃないと『ちゃんと』やっている人たちに申し訳ない気持ちもあるんですよね」

それはマンガ以外にも作品や商品を生み出す際に大事な観点になるのかもしれませんね。

「たとえば、夢に向かってまい進しているカッコいい姿と、それを遠巻きに見たら痛々しいようなカッコ悪い姿、僕は物事をいろんな角度から見ています。

同じ1つのことであっても、視点を変えるだけで全く違った見え方ができるんですよ。常に主観と客観がぐるぐるしている感覚があって、自分がマンガを描くときにも、コラムを書くときにも、そういう視点が出てくる。それは武器でもあるし、コンプレックスでもありますね」

渋谷さんから見て面白い作品は「一番、自分が書きたくないことを表現している」作品だと話しますが、具体的にどういうことなのでしょうか?

「年下の方から『どうやったら面白い文章を書けますか』と聞かれたときには、いつも、自分のダメなところや恥ずかしいところ、カッコ悪いと思われることを書くのがいいよ、って伝えています。良い人だと思われたい、すてきな人だと思われたい、センスが良いと思われたい…。誰だって褒めてもらいたいから、ほとんどの人は『自分はこう思われたい』という気持ちで書いてしまうんです。

でも、共感を呼ぶのは逆だったりするんですよね。『こう思われたくないけど、実は自分の正直な気持ちや体験』という部分を覚悟して書くから、すごくリアルに感じられるし、それはエンターテインメントの本質的な部分だと思うんです。

つらい体験をした人の話とか、みんな夢中で読んだりするでしょ。すべてが完璧で満たされている主人公より、複雑な境遇で弱点のある主人公のほうが愛されるでしょ。だから欠点の多い人のほうが、たくさんネタを持っている。それを、笑われたりバカにされたりナメられたりする覚悟をもってちゃんと形にできれば、それってすごく強みになるんじゃないかって思うんです。

僕も30歳ぐらいになって、なんとなく自分のサイズというか、自分のダメなところを面白がって書こうと思えるようになって、すごく楽になりました。それまでは心のどこかで『もっとモテたい』『カッコいいと思われたい』とか思ってましたもんね(笑)」

20代は自分の気持ちに素直になったからこそ、今の姿がある


20代のときにこれをしたから、今の自分があると思えることは何ですか?

「20代はまだまだ若いし柔軟に軌道修正がきくから、自分の気持ちに忠実であっていいんじゃないでしょうか。そうじゃないと仕事を楽しめないし、シンドイと思ってしまう。

周りからの『こういうことをやった方がいいよ』って言葉に影響されすぎず、たとえ遠回りしても結果的には自分が好きなようにやれるような環境を地道につくっていくことが大事じゃないかな。

自分のことをいちばん考えてるのは自分じゃないですか。先輩や上司のアドバイスがきちんと咀嚼できないものだったら、消化にも悪いし、割と無視しちゃってもいいと思うんですよ。自分で考えて判断して、トライとエラーをたくさん繰り返すほうが経験値になるから。

もちろん失敗したときには反省して許してもらって、しっかり次につなげることが大事だと思いますけどね。

僕が今もライターやマンガ家として仕事をさせてもらえてるのは、失敗したり仕事が減ったりしても場当たり的な方向転換はせずに、自分の面白いと思うことを地道に書き続けてきたからだと思っています」

渋谷さんがライターを始めて今年で20年になりますけど、辞めようとは思ったことはないですか?

「ないですね。やっぱり楽しかったから。僕、自分が書いた原稿はすぐ忘れちゃうんで、たまに読み返してすっごく笑うんですよ。幸せだなと思って(笑)。もちろん『なんだコレ』ってヘコむこともありますけど」

仕事が楽しいな、と実感できるのは?

「原稿を送った後に担当編集から『面白かったです』っていうメールをもらって、その後にもう一回自分の書いたものを読み直しているときが一番楽しい。『今回、良いのが書けたなあ』っていう充実感がありますね。先ほどお話したように、自分の文章を読んで納得して笑えるのが一番良い!」

(C)民生ボーイと狂わせガール



自分の信念を曲げないことが、自分だけ“らしさ”になる


周囲の人間から何を言われても、自分のスタイルを曲げずに執筆をし続けた渋谷さん。それを何年も続けてきたからこそ「渋谷さんらしい文章で書いてほしい」と声がかかるようになったそうです。

あなたは今、自分の気持ちに正直に仕事と向き合っていますか? もしも、周りから評価をされなくても、素直な気持ちで取り組むことで“あなたらしい”色がにじみ出る仕事につながっていくかもしれません。自分で納得のいくことをすること。そうすれば今よりもきっと、働くことに前向きになれるのではないでしょうか。

(C)民生ボーイと狂わせガール



(取材・文:真貝 聡)

識者プロフィール

 


渋谷直角(しぶや・ちょっかく)/マンガ家/コラムニスト。
1997年に、マガジンハウス『relax』でライターデビュー。以降、数々の雑誌などで連載を持つ。原作マンガである『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガ―ル』が映画化。主演・妻夫木聡、水原希子で、全国東宝系にて9月16日公開。また、新刊『コラムの王子さま(42さい)』(文藝春秋)が8月30日に、『デザイナー渋井直人の休日』(宝島社)が9月8日に発売。ホームページ

※この記事は2017/08/28にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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