「本当は東京で働きたかった」北海道で働く意味を見出したらエゾシカにたどり着いた

ノマドやテレワークの普及によって、どんな場所でも働ける仕事が増えてきました。一方で、暮らす街によって生活スタイルが変わるように、その土地でしかできない仕事や働き方もあります。

「本当は東京で働きたかった」北海道で働く意味を見出したらエゾシカにたどり着いた

ノマドやテレワークの普及によって、どんな場所でも働ける仕事が増えてきました。一方で、暮らす街によって生活スタイルが変わるように、その土地でしかできない仕事や働き方もあります。

そこで今回は、北海道・札幌でエゾシカの革を使ってカバンやグッズを製作している、「24K」の高瀬季里子さんにお話を伺います。実は、エゾジカによる農業被害などが社会問題になっている北海道。小さな頃からエゾシカに慣れ親しんでいた高瀬さんは、そんなエゾシカと自分の仕事を結びつけ、「北海道でしかできない働き方」に取り組み始めたのでした。

本当は東京で働きたかった。だからこそ、北海道で働く意味にこだわった


北海道のみに生息するエゾシカ。オスは体長190センチの巨大な体に、枝分かれした立派なツノを持つ、北海道の雄大な自然を象徴する動物です。このエゾシカの革にこだわり、バッグや革小物を作り続ける女性がいます。彼女の名前は高瀬季里子さん。東京の美大を卒業後、24歳の時に地元・札幌で「24K」というブランドを立ち上げた高瀬さんは、鹿革を使ったアイテムの製作を、デザインから製造まで一手に担っています。


エゾシカは北海道の人々との関係の中で、減少と増殖を繰り返してきました。明治初期に、開拓のための乱獲と記録的な豪雪により急激に減少。絶滅寸前にまで陥ると、今度は禁猟などの保護政策により個体数は回復。すると再び猟が解禁され、数が減っては禁猟…と、増減の歴史が繰り返されてきました。現在は増えすぎている状況で、畑を荒らしたり、車と衝突したりするなどのさまざまな問題を引き起こしています。

高瀬さんはなぜ、そのエゾシカの革で作品を作ろうと思ったのでしょうか。そこには「北海道でしかできない仕事を見つけたい」という思いがあったそうです。

「美大を卒業後、最初は東京の小さなクラフトショップでアクセサリーやバッグを作っていたのですが、2年ほど勤めた頃に父が倒れてしまったんです。いつかは北海道に戻ろうと考えていましたが、当時はまだ東京で経験を積みたいと思っていた頃でした。東京に比べて北海道は仕事も少ないですし、地元でやりがいのある仕事ができるか不安。でもいざ戻ってみたら、かえって北海道で生きていく意味、ここでしかできないことを考えるきっかけになったんですよね」(24K・高瀬季里子さん)

父親が鹿狩りを趣味にしていたこともあり、小さな頃から鹿肉が食卓にあがるなど、高瀬さんにとってエゾシカは常に身近な存在だったと言います。地元に戻ってきた時、ニュースでは頻繁にエゾシカにまつわる社会問題が取り上げられていました。

「実は北海道に戻るきっかけとなった、父が倒れた原因も、鹿狩りの最中の怪我なんです。そんな経緯もあって、エゾシカは自分とすごく縁のある動物だなと感じていました。地元で考えを巡らせる中で、エゾシカ革を使った作品作りと北海道でしかできないものづくりがつながったんです」

 

野生のエゾシカ革が、商品になるとは誰も思わなかった


こうして、高瀬さんは鹿革を使った製品の制作に乗り出します。まず大変だったのは、鹿革の流通を確保することでした。

「そもそもエゾシカは駆除の対象で、肉や革を有効活用しようという考えがありませんでした。そのため、手に入れるのが難しかったんです。野生のエゾシカの皮は喧嘩で傷ついていたり、ダニにやられていたりして傷ついていることも多い。その上、すぐになめして処理をしないと腐ってしまいます。皮をなめすのは職人技。業者の方に依頼しますが、数百枚単位でないと動いてもらえません。これまでになかった流通を生み出す必要があったので、最初は資金面も含めてとにかく大変でした。

当時は誰も、野生のエゾシカの革が商品になるとは思っていなかったんです。だから最初はどうにかしてエゾシカの革が製品になることを知ってもらおうと、試行錯誤を繰り返していましたね」

そうして2009年、24Kの最初のシリーズ「EZO bag」が誕生します。高瀬さんが「見せることを重視した、ブランドのシンボルのようなバッグ」と語るEZO bagは、何枚もの革を組み合わせて作った躍動感のあるフォルムが特徴です。このバッグは2010年、札幌らしさに満ちた製品を発掘するプロジェクト「札幌スタイル」の認証製品に選出。それからメディアで取り上げられる機会も増え、その存在が少しずつ広がっていきました。

フォルムが美しい「EZO bag」。北海道の素材を再発見し、身近に活用されることを願った幾何学的なイメージ。



デザインを超えて、エゾシカとの共生の道を探っていきたい


ふんわりとしてやわらかく、肌に吸い付くようなしっとりした手触りが鹿革の魅力。もともとアイヌで鹿革は肌着として使われていたほど、保温性があって軽いのも特徴です。

「革というと重い印象があるので、女性が24Kのバッグを持つとその軽さに驚かれます。あと、肌になじむストレスのない手触りも、男女問わず革好きな方に好評ですね。

鹿革はとても魅力のある素材なのですが、なかなかその良さが伝わっていきませんでした。肉や革として有効活用することなく、ただ駆除することが主流の中で、素材の良さをきちんと伝えていくのは意味があることだと考えています」

そんな高瀬さんのこれからの目標は、デザインの領域を超えて鹿と関わっていくこと。

「本当に小さな頃から鹿は身近な存在でした。『鹿に育てられた』と言っても過言ではないくらい(笑)。今はこうして革を扱っていますが、革だけでは、共に生きていく『共生』と言うには足りないと感じています。鹿も、牛や豚、鶏のように、無駄になる部分を出さずに、命をいただくことができるようにしたいですね。最近は日本鹿革開発協議会の理事として、鹿を飼育する養鹿のための牧場作りを進めるなど、養鹿文化を守り育てていくビジョンを掲げた活動も行っています」


五感を刺激する豊かな自然がある街・札幌


最後に、地元・札幌の好きなところを聞いてみました。

「素材に溢れている土地だなと思います。自然にとても恵まれていて、空気も、食べ物もとってもおいしい。身近にある豊かな自然が、ものづくりにも影響を与えていると感じます。春夏秋冬、季節の移り変わりに五感を刺激される感じです。まあ、冬は本当に寒さが厳しくて、仕事したくない! と思う日もありますが(笑)。

あと、心のあたたかい優しい人が多いと思います。冬の厳しさを耐えているからでしょうか。その代わり、社会的な面や商売はちょっとゆるくて、東京のようにスムーズにいかないこともあります(笑)。まあ、それも地元ならではですかね」

笑いながらそう話す高瀬さん。その声には、“ゆるさ”も含めた地元への愛着がこもっているように感じられました。24Kは、4月にはイタリア・ミラノの展示会にも出展。北海道ならではのものづくりが、世界へと広がりを見せています。

世間を騒がせる大きな社会問題とは違い、街や地域単位の小さなコミュニティの問題はなかなか窺い知れないもの。北海道にしか生息していないエゾシカの歴史と、エゾシカが引き起こす社会問題に目を向けた24Kの活動。それは北海道に愛着を持つ、高瀬さんにしかできないことかもしれません。自分の足元に目を向け、できることを考えてみる。それが、地域に根ざして働くことの第一歩になるかもしれません。

取材・文:小沼理/写真:高瀬季里子さんよりご提供/編集:東京通信社)

識者プロフィール

 


24KIRICO 高瀬季里子(たかせ・きりこ)
1978年札幌市生まれ。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科テキスタイルを専攻。その後24Kを立ち上げ、2010年、EZO bagが札幌スタイル認証製品に選出。2015年にはEZO/slashシリーズも札幌スタイル認証製品となる。2016年、LEXUS NEW TAKUMI PROJECT(トヨタレクサス)に北海道の匠として選出。2018年、ミラノサローネ出展。
また、2008年から社会問題となっている北海道のエゾシカを有効活用する取り組みを進め、エゾシカ革の企画から、24KIRICOの企画、デザイン、縫製まですべてを一貫して行う。

※この記事は2018/05/22にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。

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