【お笑い芸人・石井てる美-前編】異色エリートの人生概論 -私がマッキンゼーに入社した本当の理由-

毎回、さまざまなジャンルの次世代を担うエキスパートを講師に迎え、来るべき未来への基礎体力を養成する、20代のための授業。

はたらく ライフハック
【お笑い芸人・石井てる美-前編】異色エリートの人生概論 -私がマッキンゼーに入社した本当の理由-
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毎回、さまざまなジャンルの次世代を担うエキスパートを講師に迎え、来るべき未来への基礎体力を養成する、20代のための授業。

第4回目の講師はお笑い芸人の石井てる美さんです。東京大学大学院を卒業後コンサルティング業界トップと言われるマッキンゼー・アンド・カンパニーに就職し、その後お笑い芸人になったという超異色の経歴を持つ彼女は、なぜそのような生き方を選んだのでしょうか?


東大卒→マッキンゼー入社。エリート女子の学生時代は?


私は東大を出てマッキンゼーに入ったという経歴があるので、「とても勉強ができる人」のように扱われることがありますが、実際は「特別頭が良い人」ではないんです。東大には本当に頭が切れる人がゴロゴロいましたけど、私は目の前にある授業や課題に一生懸命向き合って、地道にコツコツ勉強していくタイプでした。「では、ガリ勉タイプだったか?」というと、そんなこともないんです。東大に入学したのも、親に「国立を目指しなさい」と言われて、模試の結果を見たら、まったく入れないレベルでもなかったので、コツコツと頑張っていただけで……。


印象が悪いかもしれませんが「敷かれたレールのできるだけ最先端でいること」に満足感を覚えていたし、そうであれるよう努力をしていたんです。とにかく目の前のことに全力を尽くしてステップアップしていれば、後で人生の大きな決断をする際に困らないだろうと思い、ただより良いキャリアを目指して努力を続けていたんです。


国際的な活躍を夢見て、3カ国でインターンした学生生活


大学生になったら授業をサボったり、代返してもらうとかよくある話じゃないですか。でも私は全部授業にでて、真面目にコツコツ勉強していましたね。もちろん軽音サークルに入って、学生生活を謳歌している部分はあるんですけど、勉強が何より最優先でした。それは当時の私には「海外に行って見聞を広めたい」という夢があって、とにかくそれを叶えたかったんですよ。東大には学部学科を変えられる制度があるのですが、私が在籍していた学部の座学にあまり面白みを感じることができなかったので、自分の想いを実現できそうな学部を探していました。


大学4年時、学科の仲間とバンドを結成

あるとき「工学部社会基盤学科」のパンフレットに『国際社会で活躍できるのは何もイチローや浜崎あゆみだけではありません』という面白いコピーを見つけたんです(笑)。よく読んでみると、この学科の「国際プロジェクトコース」では、3年生のタイミングでタイの研究施設で1カ月半勉強できるチャンスがあり、海外の優れた国際機関でインターンすることも奨励しているのを知って、「これだ!」と思いました。

結局、3年時にはタイの研究施設で学ばせてもらったり、大学院生のときにはデンマークやフィリピンのアジア開発銀行でのインターンまでお膳立てしてもらって、当時憧れていた海外を飛び回る生活を実現できて、本当に良かったと思っています。私の学生生活は、目の前の高い壁を一歩一歩乗り越えて、本当に順風満帆に進んでいたんですよ。


大学4年時、インターン先のデンマークで


入社の決め手は「マッキンゼーのブランド力」


海外を飛び回る学生生活を経たこともあり、将来は「世界を股にかける仕事がしたい」と思うようになりました。そのため就職活動時の第一希望は、三菱商事や三井物産といった総合商社だったんです。マッキンゼーを受けたのは、目の前にある課題に対して、地頭を使って正解に導く問題解決能力が試せそうと思ったからなんです。記念受験的に受けてみようと思ったら、奇跡的に内定をもらったんです! 今でももちろんそうですが、東大生にとってマッキンゼーというのは「超憧れのヤバいトップ企業」。私もその看板に憧れを抱いた一人なんですよ(笑)。

やらしく感じられてしまうかもしれませんが、コンサル企業だからエントリーしたのではなくて、世界トップの企業だから受けようと思ったくらい。そんな憧れの企業から内定のお知らせをもらったときは、本当信じられなかったですね。自分が内定をもらったことで、お世話になった教授や海外の友人も大騒ぎしてくれて……。私は私でほかの東大生の切れ者たちを差し置いて自分が受かってしまったことで、「どこまでやれるか不安」とか「無理だと思う」といった弱音を吐いていたんですけど、「たとえ無理でも一度マッキンゼーを経たら、どこにでも転職できるから」と言ってくれたので、入社することに決めたんです。


憧れだけでは通用しない、トップ企業の厳しい世界


さまざまな書籍で語られているので、ご存知の方もいるかもしれませんが、マッキンゼーは新人の頃から当たり前のように大きな仕事を任される現場主義の会社です。評価制度もかなり細かく2?3カ月程度のプロジェクト毎の評価制度=EPRと半年毎の評価制度=SARがあり、常に会社が個人に求める成果を出し続けているかどうかが査定されているんです。そして、2回連続評価が悪かった場合、クビになるかもしれないというシビアな会社なんですよ。


とは言っても、多少のミスは、新人なら誰だってするものだし、「できなくて当たり前のことしかやらない会社」と上司が口にしていたから、新人の頃に失敗や壁にぶち当たることは当然といえば、当然。逆に言うと、それでも必死に食らいついていける人しか社内にはいないんです。

そうしたハードな仕事になんとか食らいついて頑張っていたのですが、入社1年目の最後に携わったあるプロジェクトで、私はまったく太刀打ちできなくて、深く落ち込んでしまいました。対照的に、同期のみんなが涼しい顔で業務をしているように見えたんです。後になって話を聞いたときに、同僚も水面下で必死にもがいていたことを知ったのですが、当時は「私だけがダメなんだ…」「自分が責められている」と思い込んで、少しの失敗や上司からの注意に必要以上にうろたえて気に病んでしまっていたんです。


“エリート”でありたいプライドが自分を追い込んでいた


マッキンゼーには「スタッフィング」と呼ばれる、プロジェクトの担当の割り振りを統括するポジションがあります。その担当者に「今の現場は私には合わない」とか「ここでは価値を創出できない」などと言えば、仕事を変えてもらえる可能性はあったのかもしれません。でも、それまでの人生では、目の前の課題は乗り越えられてきたので、人に「できない」と伝えた経験があまりなかったんですよ。だからこのときも『スタッフィングで担当プロジェクトを変えてもらうのは逃げになるからダメだ』と決めつけて、自分自身を苦しい方に追い込んでしまったんですよね。なんとか乗り越えようともがいていたのですが、気付けばご飯もほとんど喉が通らないようになってしまい、心底「辞めたい」と思っていました。

でも同時に、「大学の教授や友人に1年ちょっとで辞めたなんて恥ずかしくて顔向けできない」「ここまで築き上げた傷のないキャリアを守りたい」という気持ちもあり、辞める意思を伝えるまでは、心はいつも揺れていました。それまでの人生でいわゆる“エリート”として生きてきたことで、いつの間にかつまらないプライドにとらわれて「周囲の目」を必要以上に意識する人間になってしまっていたんですよね。


本日の授業のおさらい


1.入社はゴールではなく、厳しい競争のスタートである
2.努力してきた人ほど、今までの成功体験に縛られてしまう
3.キャリアは「守る」という意識になった瞬間、苦しみに変わる



PROFILE



石井てる美/お笑いタレント。1983年東京生まれ。2002年、東京大学文科三類に入学。入学後に日本国外での現地活動を志して理系に転向、工学部社会基盤学科に進学して発展途上国のインフラ整備について学んだ。同大学工学部卒業、同大学院修了後、新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。同社を退社後、現在はワタナベエンターテインメントに所属し、お笑い芸人として活躍中。著書に『私がマッキンゼーを辞めた理由-自分の人生を切り拓く決断力-』(角川書店)がある。


※この記事は2013/07/31にキャリアコンパスに掲載された記事を転載しています。
《編集部》

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