ふとしたタイミングや出会いを大切にするだけ。「U/Iターン転職」ってそんなに大げさなものではありません。【前編】

「都会の喧騒に少し疲れた」 「いつかは地元に戻りたいとは思っている」 「子育てをするなら、地元に近い所が良い」

はたらく 転職
ふとしたタイミングや出会いを大切にするだけ。「U/Iターン転職」ってそんなに大げさなものではありません。【前編】
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「都会の喧騒に少し疲れた」
「いつかは地元に戻りたいとは思っている」
「子育てをするなら、地元に近い所が良い」

そんな想いを持ちつつも、今後「どこで人生を送るのか」という悩みは、日々の生活の中で流されていくものですよね。

それでも、「タイミング」を逃さなければ、自分の思い描く生活を実現する機会を掴めるかもしれない。

長崎に本社を置く産業機器メーカー、株式会社日本ベネックスに転職した芥川隆(あくたがわ・たかし)さんはそのチャンスをものにした一人です。

「社長との出会いがなければ、長崎への移住は実現していなかったと思います」
(写真左/芥川さん、写真右/株式会社日本ベネックス 代表取締役社長 小林 洋平 )


◆芥川 隆さん(38)
福岡県北九州市出身→長崎大学に入学し、大学院まで6年間を長崎で過ごす→卒業後、大手化学メーカーに就職し、大阪・東京での暮らしを経験→奥様の実家があり、大学時代を過ごした長崎へ移住2018年2月、移住。現在は(株)日本ベネックスにて、社長室在籍、事業企画・マーケティング・広報等の幅広い業務を担う。


長崎県諫早市。長崎県の中央部に位置し、長崎市内からは電車で約30分。長崎県第3位の都市です。住宅街の中に位置する小さな駅、「西諫早」駅。そこから車を走らせ、10分。



県内有数の工業団地の中にある(株)日本ベネックスにてお話を聞いた。

◆最初は偶然の出会い。それが大きな転機になりました。



事業部長である濱本さん(写真左)と。「なんというか…波長が合うんです。初めてお会いした時から話が弾みました」


――なぜ長崎、諫早に移住しようと思ったんですか?

妻の地元が長崎の諫早だから、というのが一番大きな理由です。また、私自身も大学時代は長崎で6年間、Masterまで過ごしたこともあり、好きな土地でした。妻の希望もあり、いつかは長崎に移住を…と漠然と考えていましたが、やはり仕事のことを考えると、なかなか難しかったんです。

――地元での暮らしを望んでいても「仕事がない」と悩んでいる方は多いですよね。

そうなんですよ。長崎に帰った時に、東京と同じレベルで仕事ができるのかどうかが一番の懸念でした。

私の大学時代の専門は「材料工学」でしたので、前職では中堅の化学メーカーに勤めていました。大手企業と新商品の開発、営業経験を経て、新規事業の立ち上げなどを経験。

こういった経験は東京ならではのもので、この経験が活かせる職場はないのでは…と考えていました。仕事内容も、収入面も含めて、どうしても地方には「職がない」というイメージがありましたしね。

――それでも移住を決断できたのは、なぜですか?

「いつかは…」と考えていたので、当時から「ながさき移住サポートセンター」には足を運んでいました。そこでたまたま参加したセミナーで、当社の求人が出ていることを教えていただいたんです。

経験を活かして活躍できる求人が今までなかったこともあり、当社のこの「経営企画」のようなポジションを紹介いただいた時には期待が高まりましたね。

聞けば、社長は私と同じ歳。「当時の社長である父親から後を継いだばかりで、新しい事業を進めている。会社の変革を進める中で若い力を求めている」という募集の理由にも、非常に興味が湧きました。ですので、まずは会ってみよう、とすぐに面談をしていただきました。

そして、実際に社長にお会いしてみると、良い意味で「社長らしくない」というか…非常に話しやすかったんです。更に、面談の後にはすぐ、工場見学や事業部長との顔合わせもさせていただきました。

出身大学が同じ方も多く、地元の友人や、大学時代の知り合いなど、「あー○○さんね!知ってる、知ってる」なんて会話ができるので、話も盛り上がって。素直に、この人たちとなら安心して働ける、と感じたんです。

――とはいえ、「移住」という決断には不安もあったのでは?

不安よりは、「こんなチャンスを逃す手はない!」という想いの方が強かったですね。

会社があるのは、妻の地元である諫早。仕事も自身の経験が活かせて、更に「経営企画」として事業の中枢に携われる興味深い仕事です。住む場所も、環境面での不安もなく、仕事もこれ以上ないぐらい条件が揃っていたので、即決でした。今考えると、本当に偶然の出会いが大きな決断に繋がりました。

■見えていないだけ。やってみて初めて見えてくる「魅力」もたくさんあります



――生活と働き方も大きく変わったのではないですか?

「地方だからこその仕事の面白さ」を、入社して改めて感じています。

現在私は、社長室に在籍して、経営企画や広報、人事などの仕事をしています。先ほども少し触れましたが、社長は現在38歳と若く、非常に新しい考え方を持った方。その近くで仕事ができるというのはとても刺激的です。

少しだけ当社の紹介をさせていただくと、(株)日本ベネックスは、精密板金加工技術を基盤として、大型映像装置、産業・メカトロ機器、電気・電子機器、空調冷熱機器などを幅広く製造してきた歴史あるメーカーです。現在代表である小林も父親から受け継ぐ形で35歳の時に代表取締役に就任。その代表が着手したのが太陽光発電事業です。

本社にある工場。精密板金加工技術を活かして、世界中に納品される製品をつくっています。


太陽光発電の分野、特に現在では蓄電池の分野に、当社が長年培ってきた技術が活かされており、大きく事業成長を遂げている大事な時期。大手メーカーとの共同開発も積極的に行っており、2018年4月から住友商事株式会社と電気自動車のリユース蓄電池を用いた新型の蓄電池システムを運用しています。

更に、システムのコンパクト化を実現したことで、現在、住友商事株式会社と富士電機株式会社の販売網で新型蓄電池システムの販売を進めているところ。この新型蓄電池システムは、「日刊工業新聞」に取り上げられたり、TVの取材が来たり、注目度も増してきているんです。

業界でも注目を集めている、日本ベネックス開発のコンパクト化した新型の蓄電池システム。


――「最先端技術」や大手メーカーとの共同開発!地元では非常に有名な企業なんですね。

最近徐々に注目され始めている…という状況だと思います。私も大学時代はそうでしたが、やはりまだまだ「長崎にも新技術開発・最先端技術に携われる環境がある」ということは、あまり知られていません。

今回、この新事業で注目され、関心を持っていただける機会も増えましたが、そもそもの基盤になっているのは、元々主力事業であった精密機器の加工技術。実は、大手メーカーの主力商品の開発なども、一手に引き受けているのに、BtoBなので、どうしても一般的な知名度が低いんです。私も最初に知った時は「こんな企業があったんだ」という印象でしたしね。

加えて、技術力はあるのに、みんな謙虚なんです。外から来たわたしから見ると、実はすごい開発をしているのに、開発している本人たちは、そのすごさに気が付いていない。非常にもったいないですよね。

そして、これは当社だけではありません。地域にあるたくさんの中小企業にも言えることで、「実はすごい仕事をしているのに、知られていない」企業はたくさんあります。その状況を打開するためにも、今後は技術開発だけではなくPRや広報の仕方も考えていかなければならないと感じています。

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長崎への移住を実現し、働き方の変化や移住して気付いた地域の現状を語ってくれた芥川さん。会社や仕事についての話しぶりから、現在の環境への「満足度の高さ」が伝わってきました。

次回は、現在携わっている取り組みやプライベートなどもお伺いします。

>>>後編はこちら
《編集部》

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