銀行員から結婚・出産を経て、老舗旅館の若おかみへ。子育てママが変えた「働き方」。

京都・烏丸、観光客や修学旅行生で賑わう錦市場のすぐ近くに、創業から190年続く「綿善旅館」があります。深刻な人手不足で悩む旅館業界の中でも、京都府「子育て環境日本一に向けた職場づくり行動宣言企業」として、年間休日を22日増やし、IT化や評価制度の導入など大小さまざまな改善・改革に取り組み、観光庁からも「宿泊業の生産性向上推進事業」のモデルとなるなど、各所から高い評価を受けています。

そんな老舗旅館の改革の中心となったのは、綿善旅館の娘に生まれ、現在、若おかみとして切り盛りを担う、小野雅世さん(以下、雅世さん)。インタビューでは、学生時の就活の話や、自分より10歳以上離れた人の上に立つ立場としてどんな思いをしてきたか、リーダーシップについてのお話などを伺いました。

f:id:okazaki0810:20191203224350j:plain(2人の子育てをしながら綿善旅館の若おかみを務める小野雅世さんとスタッフの方々)

―始めに、雅世さんのご経歴についてお伺いしたいのですが、ずっとこの旅館でお勤めだったのでしょうか?

雅世さん:いえ、大学を卒業して最初は都市銀行に勤めていました。幼いころから後を継ぐことを祖母から刷り込まれてきたので、ぼんやりと「将来は継ぐんだろうなぁ」と心にはありましたが、一方で反発心のような思いもあって就職の道を選びました。といっても、銀行に絶対入りたかったというわけではなく、結果的にご縁があって選んだというものでした。

―銀行といえば、全国転勤がある業界。今とは働き方が全然違いますね。その頃はどんなお仕事をされていたのですか?

雅世さん:当時は大阪の支店で法人顧客を担当していたのですが、大阪という土地柄もあり、担当企業の社長様とは建前抜きの本音でお付き合いをいただきました。それだけでなく、社員の方から「社長がもう高齢なのに、後継者がいなくて心配なんです」と声をかけられ、従業員の方が抱いている会社への思いにも触れることができました。今思えば、この時の経験が若おかみとしての仕事に生きています。

―経営者と従業員それぞれの目線と考え方に触れられた経験が「今に生きている」というお話ですが、旅館に移ってからすぐに若おかみとなられたのでしょうか?

雅世さん:最初はスタッフのひとり。それもアルバイトからのスタートでした。順を追ってお話をすると、結婚をして銀行を退職し、しばらくは専業主婦をしてみたのですが、そこは商売人の娘、「働きたい」という欲求が溜まりに溜まってしまい、父からの誘いで旅館に入りました。でも、当時は夫の全国転勤が普通にあったので、まだその頃は「旅館を継ぐことはあってもまだ遠い先のこと」という思いでしたね。

 

なんて働きにくい旅館なんだろう、と堪えながら過ごしたアルバイト時代。



―当時はまだ経営者としてではなく、スタッフの視点で旅館を見ていたということですね。その頃はどんな思いでお過ごしだったんですか?

雅世さん:自分が生まれ育った旅館ながら、入ってすぐに「なんて働きにくい職場なんだろう」と思っていました(笑)。今でこそ変わりましたが、当時はあるベテラン社員の存在が大きく、その人の機嫌で職場の空気がガラッと変わる。他のスタッフも気に入られているかどうかで扱いが違うので、気に入らない人は辞めていき、残る人は気に入られようとする。そんな職場でした。明確な評価制度も当時はなく、言いたいことがあっても言えないという閉塞感が蔓延していましたね。

―特定の方の発言力が大きい職場だったのですね。そこからどのようにして現在の状況にまでなったのでしょうか?

雅世さん:初めのころはおとなしくしていました。社長の娘とはいえ、入ってすぐの人間ですから。言いたいことはグッと抑えて、部署関係なくいろいろなスタッフとよく食事に行き関係を深めるようにしていました。でも出産でしばらく休み、復帰してからは、子育てをしながら働くという状況も重なり、明確に『今の綿善の環境、働き方では無理だ』という思いを強く持ちました。

 

立場は変わっても、従業員ファーストで考える。



―そこから、改善・改革への想いを強くされたのですね。どのような意識で取り組みを始められたのですか?

(改善への取り組みを振り返りながら、従業員への想いを愛情深く話される雅世さん)

雅世さん:復帰してからは役員・若おかみとなったこともあり、少しずつ改善の提案をし始めたのですが、私が良いように変えるというものではなく、あくまでも綿善で働く人みんながより働きやすく、よりハッピーになるように、そしてそれがお客様のハッピーに繋がる、という視点を中心に考えて改善を行うようにしていました。

―自分本位ではなく、従業員視点で綿善を良くすることが宿泊客の満足に繋がる。という考えだったのですね。

雅世さん:この業界は、新しい取り組みに抵抗を感じる人が多いのですが、改善への興味を持つスタッフは「綿善未来プロジェクト」の一員になってもらい、どうすればみんなが働きやすくなるかを一緒に考える場を作りました。その他のスタッフにも少しずつ理解を得られるように、1人ひとりの意見を聞くようにしていましたね。

 

小さな改善を重ねて変わったスタッフの意識。そして、綿善の改革へ。



―働く皆さんの意識を少しずつ変えていきながら取り組まれていたのですね。綿善が大きく変わった取り組みの例についてお聞かせいただけますでしょうか。

雅世さん:京都府さんからも注目をされた事例としては2つあって、1つは社員の能力を見える化するスキルマップシートの導入です。こちらは外部のコンサルタントさんと行ったものです。もう1つはiPadとLINEを使った業務効率化の取り組みで、綿善の中でスタッフ皆で考えた改革です。

―内と外それぞれに改善例があるのですね。どちらも興味深いのですが、今回は綿善の中から生まれた改善について詳しくお聞きしたいです。

(写真左上・右上:iPadを用いたフロント業務の改善/左下:従業員のスキルを見える化して協力体制を築いたスキルマップシート/右下:館内の防犯・連携に効果を発揮したモニターシステム)

雅世さん:これは、お客様のチェックアウトの際、フロントと各階の客室担当への連絡をスムーズに行うための仕組みなのですが、昔は内線電話で連絡をしていたため、フロントにお客様が集中すると、フロントはその対応にかかりっきりになってしまい、各階の担当は客室内にお客様がまだいらっしゃるかを確認しようと内線をかけるので、フロントの電話は鳴りっ放し。連絡が取れなければ各担当がフロントまで直接足を運んで確認する状態でした。

―それは相当慌ただしい状況だったでしょうね。

雅世さん:大きな宿泊施設なら莫大な費用をかけて専用システムを導入しますが、綿善にはフィットしないものばかり。何か良い方法はないかと皆で考えていたところ、あるスタッフが、「タブレットとLINEを使えば費用もかけずに済むのでは?」とアイデアが生まれ、それは良い!と導入しました。結果、連絡がスムーズになるばかりか、内線が鳴り続くこともなくなり、旅館としての雰囲気を損なうことも無くなりました。

 

職場の風通しがよくなり、喜ぶ従業員。一方、雅世さんは・・・。



―スタッフの発案だったのですね。その瞬間は一体感が生まれたのではないですか?

雅世さん:この時は「ウチのスタッフもやるやん」って思いましたが、普段の様子を見る限りは皆バラバラで仲は良いのですが一体感は無いですね(笑)。綿善のスタッフは皆キャラがそれぞれにあって、例えるなら、タレントプロダクションのようなイメージです。各スタッフの持ち味やタイプに応じて、それぞれ自分を生かせる場所で仕事をしています。ボトムアップで意見に耳を傾ける方が良いスタッフもいれば、トップダウンで指示をする方が良いという人もいるので、私は皆の「おかあさん」としてみんなの良さを引き出せるような環境作りができればいいなと思っています。

―かつての旅館の状況を伺っていましたが、かなり風通しの良い職場になってきましたね。スタッフからは何かお聞きになったりしていますか?

雅世さん:若おかみとして今までやってきて、「ずっと働きやすくなった」「意見が言いやすくなった」とスタッフが喜んでいる話を聞くことが増えました。今回の取材に当たって、スタッフの三橋にも聞いたら、『新しい挑戦に取り組め、10代~30代の若いスタッフが活躍できる。意見が言いやすく、子育てや介護などの家庭環境の変化があっても離職することなく、働き続けられる安心感がある』と言ってもらえたので、やっていてよかった!と思います。

(取材に当たって事前にお送りしたご質問にお答えいただいた三橋さん)

―これまでの多くの取り組みから、行政や業界内からも注目されるほどとなっていますが、雅世さんご自身が最初に感じていた「働きにくさ」は、解消されましたでしょうか?

雅世さん:それが・・・、働きにくさはまだ感じています。これは若おかみとして、だけではなく2人の子を持つ母親として。例えば、スタッフにも子育て中のママもパパもいるのですが、休むことに罪の意識を持ってしまうのは変えたいです。

―罪の意識・・・、ですか。

雅世さん:土日のイベントなどで子どもと過ごせるようにシフトの調整はできるのですが、休み明けに「忙しい時期に休んですみません」と働くお母さんが伝えて回っている様子を見て、休むこと自体は当然の権利なのに、申し訳なさを感じてしまうのは根本から違うと思うんです。

―お休みの問題は、旅館業界としても大きな課題ですね。

雅世さん:国は今、「観光立国」と謳っていますが、実際には人手不足の壁が大きくあります。綿善だけの取り組みでは解決が難しい問題なので、旅館ホテルのネットワークを強くしたり、京都で事業を行う異業種の方と情報共有をするご縁を頂いたり、国や自治体へ働きかけをしたり、様々な取り組みを始めています。

(綿善旅館だけでなく、業界全体の課題の改善に取り組もうと活動中です。)

―まだまだやるべきことはたくさんある、ということですね。

雅世さん:旅館業界の中では、働き方改革が進んでいると、京都府さんからモデルケースとして選出いただいていますが、世間一般から見れば、これでも周回遅れだと思っています。綿善旅館だけでなく、この業界で働く1人ひとりの方が、働いていてハッピーだと思えるように、これからも頑張ります。

―2人の子育てとともに、旅館業界の未来に向けた取り組みにも力を入れていくのですね。本日はありがとうございました。

※本インタビュー記事は、京都府の「子育て環境日本一に向けた職場づくり行動宣言」に取り組む企業の中から、京都ジョブパーク主催「京都ジョブフェア」のご協力のもと制作をいたしました。

【京の宿 綿善旅館】
https://www.watazen.com/
※本記事でご紹介した「京の宿 綿善旅館」を始め、働きやすい職場づくりに取り組む京都府企業など約240社が集結する合同企業説明会「KYOTOジョブフェア2019」が、12月15日(日)に国立京都国際会館で開催されます。
こんな職場で働きたい!と思われる方は要チェックです!

【子育て環境日本一に向けた職場づくり行動宣言特設サイト】
https://pref-kyoto-kodomohagukumu.jp/shokuba/

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(京都府知事 西脇隆俊)

 

【2019年12月15日開催KYOTOジョブフェア】
https://kyoto-kigyo2.sakura.ne.jp/kyoto-jobfair/

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